FRP学術業界動向 CFリサイクル が可能なアセタール架橋エポキシ樹脂の研究
今日の FRP学術業界動向 のコラムでは CFリサイクル が可能なアセタール架橋エポキシ樹脂の研究についてご紹介します。
軽量高強度といううたい文句で適用が拡大する炭素繊維強化プラスチック(CFRP)。
航空機や一部のスポーツ用品から始まり、今は自動車や建築といった領域への適用や適用検討が進められています。
そんな中、将来的に不可避といわれているのが
「 CFリサイクル 」
です。
マテリアルライフサイクルを考えた際、必ず最後に課題となるのはここではないでしょうか。
関連する記事は過去に以下のような記事でも述べましたので合わせてご覧いただければと思います。
今日ご紹介するのはCFのリサイクルの新しい観点として、
アセタール骨格をマトリックスであるエポキシの中に取り込み、
必要な時に酸でマトリックス樹脂だけを分解することでCFを回収する、
という研究です。
論文は以下の所から購入できます。
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Title:
Development of recyclable carbon fiber-reinforced plastics (CFRPs) with controlled degradability and stability using acetal linkage-containing epoxy resins
Polymer Journal 49, 851–859 (2017)
https://www.nature.com/articles/pj201768?WT.feed_name=subjects_ecology
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Authorは福井大学の先生です。
やはり繊維産業で歴史があり、複合材料に関連する企業も多い福井県の大学ならではの研究といえます。
今回の研究内容の概要を見ていき、
これを参考にFRP業界として考えるべき方向性について考えてみたいと思います。
アセタールとは
今回の研究のキーワードともいえるアセタール。
これを架橋構造の中に取り入れることで酸による分解を狙う、
というとても興味深いアプローチです。
アセタールの代表的な構造は下図の通りです。
エーテル基が一つの炭素に二つ付いた構造ですね。
( The image above is referred form http://www.ochempal.org/index.php/alphabetical/a-b/acetal/ )
アセタールというのはアルデヒドやケトンを酸触媒存在下で反応させると得られるもので、
アルデヒドやケトンの保護基としてその存在価値を認められている代表的な有機化合物の一つです。
合成においては酸性条件下というのがポイントで、
反応途中に生じるカルボニル基の反応性がプロトン化で高められてアルコールが生成することでヘミアセタールになり、
( ヘミアセタール というのは アセタール の二つの エーテル 基に結合する構造の一つがH、つまり ヒドロキシル 基になるもの)
そこからさらに反応が進めば アセタール ができます。
基本的には脱水反応で酸条件下かつ水が除去される環境下だとアセタールが生成しやすくなるという可逆反応であるため、
先述した保護基導入を目的として活用されてきています。
アセタール構造導入エポキシ樹脂の合成と酸分解
原料として用いているのはBis-A(ビスフェノールA)になります。
ここにcyclohexane dimethanol vinyl glycidyl ether (論文中では CHDMVG)を酸性下のTHF溶媒下で反応させ、
末端にエポキシ基を有するアセタールを導入し論文中でいうBA-CHDMVGを作ります。
このようにして合成したBA-CHDMVGをjER828やjER1001といった基本的な市販エポキシと合わせ、
重量ベースでエポキシ全体で5から40%の割合で混ぜることで酸分解する構造を有するエポキシを設計した、というのが概要です。
実験の概要から見ると20%以上はアセタールを含むエポキシで構成しないと酸(実験で使っているのは塩酸)で溶解しないようですが、
CFRPにした後でも酸によりマトリックス樹脂であるエポキシが分解するというのはとても大きな一歩であると思います。
(これ以外にも塩酸濃度を上げる、分解時間延長や分解温度を上げるといった対策も必要)
より正確には40%がBA-CHDMVGで構成されると0.1mol/lの塩酸でも室温環境で1日反応させればのほぼ100%マトリックス樹脂が分解するのに対し、同20%だと1.0mol/lの塩酸で70℃、7日間の反応時間で61%のマトリックス樹脂が分解すると書かれています。
この辺りはアセタール構造を導入したとしても、
基本的には剛直かつ複雑形状の高分子だと、
分子構造の中まではなかなか酸分解反応が進まない、
というのも一要因としてあるのかもしれません。
アセタール構造導入エポキシ樹脂をマトリックスとしたCFRP特性
TG/DTAによる熱分解温度と引張強度/弾性率に対してBA-CHDMVGの割合の違いによる特性の比較を行っています。
まず熱分解温度ですがBA-CHDMVGの割合が増加するにつれて熱分解温度が低下する傾向が示されています。
BA-CHDMVGを含まないエポキシベースだと378℃であるのに対し、重量ベースでBA-CHDMVGを40%にすると同温度が340℃まで低下する結果が示されています。
論文中でも述べられていますが、アセタールに由来するエーテル基は熱によるラジカル発生などの結合が切れる反応が起こりやすい、といったことが一要因だと考えられます。
加えてT11での引張特性の評価。
当然ながら繊維方向なので弾性率は変化しない一方、
BA-CHDMVGを導入したものはその量に関係なく破断ひずみが低下しています。
試験片間のばらつきや硬化剤との関係もあるので一概には言えませんが、
破断伸びが低下するのは基本的には好ましくない傾向といえます。
可能であれば今後の研究としてAE(アコースティックエミッション)などで、
初期破壊がどのくらいのひずみで始まるのか、
を比較しておくとマトリックス樹脂の初期破壊がBA-CHDMVGの導入で早まる、
といった傾向が見える可能性もあります。
欲を言えばここはT11に加え、S12(面内せん断)、S13(層間せん断)のような、
マトリックス樹脂の特性や繊維と樹脂の界面接着のバランスの影響を受ける試験を実施すると、
より説得力の増すデータになると思います。
また論文中で述べられているのが酸分解の後のCFへのダメージ評価。
これを行っているのは鋭い視点です。
具体的には酸処理前後の炭素繊維のXPS分析を行うことです C-O(286.4eV)や C=O(288.9eV)の強度とその比率評価から変化はないと結論付けています。
(論文中のFigure 8 だけを見るとC-Oのピーク強度が低下しているように見えますが、このマクロでの違いは有意な差ではないというために比率を示していると考えられます)
XPS分析などは以下のURLも参考になります。
http://www.aichi-inst.jp/other/up_docs/no124_02.pdf
また一度CFRPにした後、回収したCFで再度材料試験を行った評価結果も行っています(論文中の Figure 10 )。
こちらもT11ですが顕著な差はなく、酸によりCFは影響を受けていない、
という評価としては妥当だと考えられます。
最後はフィールドでの適用可否判断の一つとして酸性雨のような自然環境暴露で材料が劣化しないかの評価をしています。
学術業界の論文としては産業界のニーズも考慮されている興味深い点です。
福井県工業技術センターのような産業界に近い方々が共著にいらっしゃることから、
そのような方々の考え方が反映されているのかもしれません。
評価したのは0.1mol/lの酢酸溶液(pH = 2.8)に30日間浸漬したCFRPのT11評価結果。
BA-CHDMVGが重量で5または10%配合されたもので見ていますが浸漬前後でほとんど差が見られません。
酸でのマトリックス樹脂分解がBA-CHDMVGが20%以上配合されないと顕著な進展はない、
という事実を踏まえれば当然の結果ですがこのような応用先まで見据えた観点が入っているということは注目する点かもしれません。
今回の研究のコンセプトや結果からFRP業界が考えるべきこととは
上記でご紹介した論文の内容を踏まえ、FRP業界として考えるべきことについて述べてみたいと思います。
まず研究のコンセプトがリサイクルに向けられているということ。
マテリアルライフサイクルを見据えて先取りしている考え方は非常に重要であり、
FRP業界としても考えるべきことだと思います。
その一方でFRP業界、特に産業界として考えなくてはいけないのは、
炭素繊維を用いているCFRPよりも
「ガラス繊維を用いているGFRP」
のほうがリサイクル検証が急務であるということです。
年間生産量が重量ベースでガラス繊維と炭素繊維では2014年ベースで桁が2つ違います。
この事実こそがリサイクルの必要性を考えるにあたってまず出発点です。
本観点は以前以下の記事でも述べたことがあります。
もう一つ、今回ご紹介した上記の研究では
「実験に使用する前の炭素繊維の脱サイジング剤を行っている(繊維表面についているサイジング剤を有機溶剤で洗い流している)」
ということに注目すべきです。
見方によってはサイジング剤が今回のような前衛的な樹脂に対して副作用を及ぼした、
ということを示唆しています。
サイジング剤自体が反応性官能基を持っているでしょうから、
アセタール基が何らかの形で攻撃されるだろう、
というのはなんとなくイメージできます。
ここから考えるべきことは、
「材料の再設計をするにあたってはそもそも繊維に付着しているサイジング剤の再検証も必要である」
ということです。
世の中に出回る炭素繊維の中には、サイジング剤の主な官能基(例えばエポキシ系)が違うものはもちろん、サイジング剤の塗布量を変更しているものもあり多種多様です。
当然ながらサイジング剤は極細の繊維がまとまりにくい、
という課題を解決するために塗布されたのが始まりですが、
マトリックス樹脂との濡れ性(含侵性)や界面接着性を改善するために機能化が進められてきた歴史があるようです。
その一方で仮にいいマトリックス樹脂が開発されたとしても、
繊維に適用されているサイジング剤と副反応が起こる、
界面接着性が大幅に低下するということが起こってはCFRPという材料の発展が阻害される恐れがあります。
基本的に無機材料である繊維と有機材料であるマトリックス樹脂を合わせるというのは、
原理原則の観点から無理が生じているのはあまり認識されない事実です。
それ故、この矛盾を解決すべく間に存在するサイジング剤にも柔軟性を持たせ、
「幅広い樹脂との相性がよく副反応を起こしにくいサイジング剤」
というのが業界として求められているのではないでしょうか。
いかがでしたでしょうか。
今日はCFRPのCFリサイクルというテーマに取り組む興味深い論文を紹介し、
その結果などからFRP業界が考えるべきことについて数点述べてみました。
やはり学術論文はきちんとしたジャーナルに掲載されるものを中心にとても興味深いものが多く、
私もよく読んでいます。
学術業界が産業界に近づきすぎるということは基本的に好ましくないと考えている私は、
必要以上に応用研究にフェーズを移すというよりも原理原則に関する研究が闊達化することを強く希望しますが、CAEなどの一部の領域を除きなかなか難しいようです。
原因としてはCAEと異なり、実際の試験を行うためには多大な労力と高い技術力、
加えて幅広い経験値が必要であるというハードルの高さがあるためなのかもしれません。
それでも原理原則を追い求めるのが学術業界では最重要である、
ということは忘れてほしくないと思います。